令和8年8月8日(土)、「第3回ふらっとカフェ」を開催しました。

 今回のテーマは「家族とはなにか」。土曜日の開催ということもあって高校生の参加もありました。総勢15人の参加者とともに、約2時間にわたって「家族」について語り合いました。

 まず、いつものように自己紹介から、今回のテーマである「家族」について、参加者それぞれの考えを一言ずつ話してもらいました。離れて暮らす家族への思いを語る人、家族というものをどう捉えていいかといった疑問を口にする人、空気のような存在で普段は意識しないと語る人など、家族に対するさまざまな考えを聞くことができました。

                                                                                      

 前半では、それぞれが思う家族の話から、家族と友人の違いはどこにあるのか?といった話にもなりました。家族であることの条件として、「同居」を挙げる参加者も多くいました。ではもし仮に親しい友人と数十年一緒に暮らしたとしたら、それは家族といえるでしょうか。
 また、子育て中は子どもは家族といえるけれど、独立した後は元家族になる、という意見もありました。さらに、自身の経験をもとに、離れて暮らす血のつながった子どもと、一緒に暮らしている血のつながりのない義理の子どもではどちらが「家族」と言えるのかという議論にもなりました。血がつながりのある場合は否応なく家族となるけれど、血のつながりがない場合は親も子も時間をかけて家族になっていくのではないかといった意見もありました。
 「血のつながり」「一緒に暮らしていること」「ともに過ごした時間」など、家族を家族たらしめるものは何なのか。さまざまな意見が交わされ、「家族」というものの本質に迫るような議論が展開されました。

 後半では、「子どもの頃に思っていた家族」と「現在の自分が捉える家族」の違いについて、参加者全員に話してもらいました。「貧しかったけれど幸せな家庭だった」という思い出を語る人。毎日のように父親の職場仲間が家に集まり、宴会をしていたという思い出を語る人。婿養子だった父が、義父の葬儀で涙を流していた姿を覚えているという人。一人暮らしを始めて、初めて自分の母親が子どもに対して過干渉だったことに気づき、それまでとは世の中の見え方が変わったという人。参加者それぞれの経験や記憶を通して、さまざまな「家族」の姿を聞くことができました。

 当たり前のことかもしれませんが、「家族」と一言で言っても、そのかたちは一つではありません。血のつながりや一緒に暮らしているかどうかだけでは語りきれない、それぞれの家族のあり方がある――。そんなことを、参加者の皆さんと一緒に考えた2時間となりました。

 
 次回は9月9日(水)開催予定です。
 テーマは「思い込みと偏見」。人は経験や知識をもとに物事を見て、さまざまな判断を下しています。しかし、その判断は自分でも気づかない思い込みに左右されていることが、案外多いのではないでしょうか。

 思い込みが「偏見」に変わる前に、一度自分の当り前を見つめ直してみませんか。
                                                    
文責:「ふらっとカフェ」 担当 川部 拓哉