令和8年3月11日(水)、「第53回哲学カフェ」を開催しました。
今回のテーマは「わたしの挑戦!」。13人の方にご参加いただき、約2時間にわたりテーマについて語り合いました。
まずは恒例の自己紹介からスタート。それぞれ今回のテーマである「挑戦」について、一言ずつ話してもらいました。「100歳まで生きることが挑戦」という人や、長年にわたり家計簿をつけ続けているという人(これまでにつけた家計簿はなんと50冊にもなるそうです)、放送大学で天文学を学んでいる人、毎日歩くことに挑戦している人など、さまざまなかたちの挑戦が語られました。
前半では、こうした個々の挑戦の話から、「目標」と「挑戦」の違いへと議論が広がりました。目標とは達成可能性が見えるものであり、挑戦とは達成が困難に思われるものではないか、という意見も聞かれました。また、大きな挑戦を実現するためには、達成までの過程を細かな目標に分けて現実的にしていくことが成功の鍵ではないか、という考えも共有されました。
後半では、挑戦について次のような思考実験を提示し、参加者の皆さんに考えていただきました。
ある日、あなたの親しい友人から相談を受けました。
「新しいことに挑戦しようと思うんだけど、どう思う?」というのです。
ただ、その挑戦はあなたにはどう考えても成功するとは思えません。むしろ失敗する可能性の方が高いと感じています。
しかも、もし失敗すれば、その友人は仕事やお金、生活などに大きな影響を受けるかもしれません。
それでも友人は、「今やらなかったら一生後悔する」と言っています。
さて、このときあなたはどうしますか。
友人の気持ちを尊重して応援しますか?
それとも、リスクを考えて「やめたほうがいい」と伝えますか?
答えは半々に分かれるのではないかと予想していましたが、「応援する」と答えた人が多くみられました。この議論を通して、挑戦というものが「他人のこと」と「自分のこと」とでは捉え方が異なることも浮かび上がりました。さらに、余命宣告を受けて価値観が変わったという体験談や、100歳でも世界で活躍している人の話などが紹介され、時には無謀に見えることでも、本人の心の持ちよう次第で価値ある挑戦になり得るのではないか、という考えにも話が広がりました。
印象に残った話のひとつに、「ラーメン屋でいつもと違うメニューを頼むことも挑戦と言えるのか」という問いがありました。それは笑いを誘いながらも、挑戦とは特別な出来事の中にだけあるのではなく、日常の中にひそむ小さな選択の連なりであることを思い出させてくれました。
挑戦とは何か。それは大きな成果を目指す行為なのか、それとも自分のあり方を問い続ける姿勢なのか。今回の哲学カフェは、その答えを見つける場というよりも、問いを持ち帰る場となったように感じられました。私たちの暮らしの中には、まだ言葉になっていないv法線がまだまだたくさんあるのかもしれません。
次回は4月8日(水)開催予定です。テーマは「善と悪の境界線」。
近頃は世界的な出来事から身近な日常まで、「善と悪」と簡単には言い切れないことが多くなっていることが多くなっているように感じます。
善悪の基準とはなにか?そこから生まれる分断とは?さまざまな観点から話し合いたいと思います。
文責:「哲学カフェ」 担当 川部拓哉










