令和8年4月8日(水)、第54回となる「哲学カフェ」を開催しました。
今回は定員いっぱいの15名の方にご参加いただきました。テーマは「善と悪の境界線」。約2時間にわたり、参加者それぞれの考える「善」と「悪」について語り合いました。
まずは恒例の自己紹介と、テーマについてのひとことからスタートしました。今回のテーマは難しいと感じる方が多かったようで、前半は主に「悪」に焦点をあてた議論となりました。
善悪には絶対的なものと相対的なものがあるのではないかという意見や、絶対の価値基準として「法律」があるのではないかという考えが出される一方で、法律は時代によって変化するものであり、必ずしも絶対的な基準とはいえないのではないか、という議論も展開されました。
たとえば、現代では明確に悪とされる「殺人」という行為も、かつては「仇討ち」として肯定的に捉えられていた時代があったという指摘は、参加者の関心を引くものでした。そこから話題は「死刑制度」へと広がり、肯定派・否定派それぞれの立場から活発な意見交換が行われました。
さらに、プロレスにおける悪役(ヒール)の存在が一種の「善」として機能しているという話題から、「なぜ人は悪に惹かれるのか」という問いへと議論が深まっていきました。
後半では、「自分にとっての善とは何か」という問いについて、参加者全員に考えを語っていただきました。
「世の中のものはすべて善である」とする人、「自分の利益を度外視した行動こそ善ではないか」と考える人、「本来、他者を完全に理解することはできないが、それでも分かり合おうとする行為に価値がある」と語る人、また「お客さんを笑わせることが善行だ」と話す落語家の方や、「これまでの人生で経験した災難も、振り返れば自分にとって善だった」と振り返る方もおり、それぞれの人生観がにじむ多様な「善」のかたちが共有されました。
そろそろ議論も終わりを迎えようかというときに発せられた「そこに愛があれば、その行為は善である」というある参加者の言葉は、冗談めかした響きの中にも、本質を突く印象的な一言として心に残りました。
今回も明確な結論が出ることはありませんでしたが、普段あまり立ち止まって考えることのない「善悪」というテーマについて、それぞれが自分なりに向き合う時間になったのではないかと思います。
哲学カフェは、答えを導く場であると同時に、新たな問いを持ち帰る場でもあります。今回の対話が、これからの日常の中での気づきにつながるきっかけとなれば幸いです。
次回は5月13日、水曜日開催です。テーマは『人生に「必要」なもの』。
お金、健康、家族、仕事、趣味、生きがい―私たちが生きていくうえで、本当に必要なものとは何なのか。
みなさんと一緒に考えてみたいと思います。
文責:「哲学カフェ」 担当 川部拓哉










