今年度、当センターで発行している情報紙「とぴあす」が100号を迎えます。平成16年(2008年)に第1号が発行されてから早17年、NPOや市民活動団体を取り巻く環境も変化し続けています。
この取材記事はとぴあす100号記念特集として「市民活動の今と昔」をテーマに取材を行いました。特集「とぴあす100号の歩み」と合わせてご覧いただけますと幸いです。

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骨髄バンクを支援するやまがたの会

 骨髄バンクを支援するやまがたの会は、県内の多くの方々に骨髄バンクについて理解を広め、当事者の方々へ支援・協力するという目的の元、骨髄バンクの啓発イベントや患者、患者家族への支援、ドナー登録会開催などの活動を通して、骨髄バンクの意義・必要性に係る普及啓発活動を行っている団体です。

 今回、とぴあす100号特集として「NPOの今と昔」をテーマに、骨髄バンクを支援するやまがたの会会長の小野寺南波子さんより話をお聞きしました。

団体発足

 小野寺さんの活動は、白血病で亡くなられた息子さんが闘病中に自らを励まし続けるために書き綴った「マモのメッセージ」を本にするという約束から始まりました。
 当時入退院の繰り返しで精神的に不安定な状態の息子さんを励ますつもりで、自分の思いをメッセージとして書いてみたらと勧めたのがきっかけでした。本の出版についても、当初は励ましのつもりだったそうです。
 
 平成5年10月、息子さんの一周忌に「マモ、天国の住所を教えて」は出版されます。その後、マモのメッセージを読んだ多くの人達から「マモのメッセージ展」の開催、「メッセージ」のハンドブックを刊行してほしいという意見がたくさん寄せられたそうです。平成9年6月に「マモのメッセージ展」が仙台で開催されたことをきっかけに、全国各地でマモのメッセージが展示されるようになり、平成10年には「マモ、心のメッセージ」が出版されました。
 
 日本で骨髄バンクが設立されたのは大谷貴子さんという方がきっかけだったと言います。全国で「公的骨髄バンクの設立を願う署名活動」が盛んに行われていました。母子間骨髄移植を受け一命をとりとめた大谷貴子さんが、自分と同じ病気で周りの人たちが命を落とすのをみて、署名活動を全国に呼びかけ、平成3年、日本骨髄バンクは設立されました。
 40年ほど前には不治の病と言われていた白血病ですが、その頃から骨髄バンクのことがテレビや雑誌でも取り上げられるようになります。当時、小野寺さんもその情報にすがったと言います。

 平成7年の阪神淡路大震災の影響により、全国各地でボランティア団体の発足が活発になりました。山形県はボランティア団体の発足が遅かったものの、「骨髄バンクを支えるやまがたの会」は平成7年2月12日に発足しました。
 発足準備の際には、一主婦だった小野寺さんは活動への参加に消極的だったそうです。平成6年にAZ七日町で開催された“骨髄バンクを知る集い”の代表として発足準備に加わりますが、その時は本の出版が新聞に掲載され、人寄せパンダのような役割だったといいます。平成7年の会の発足の時には、山形大学の小児科の先生が会長に就任。すでにあった東北6県のボランティア団体が応援してくれていたようですが、会を立ち上げたものの何をしたら良いのか分からない状態だったそうです。
 
 その後平成10年5月の定期総会で小野寺さんが会長になり、当初は短期間だけのつもりでしたが、それから約30年、ずっと先頭に立って活躍されています。

 たくさんの人達に骨髄バンク、骨髄移植について知ってもらおうと、骨髄バンクの普及啓発講演会、ドナー登録会、患者・患者家族の支援、MAMOのメッセージ展など、これまでさまざまな活動を展開してきました。

「全国骨髄バンクボランティアの集い」山形開催と「ドナー助成制度」の導入

 平成29年6月に開催された石巻骨髄バンク25周年事業に参加した時、骨髄バンク推進連絡協議会理事長より「全国骨髄バンクボランティアの集いin山形」開催を打診されます。全国規模での集いは数年途絶えていた中、運営委員会との協議の結果、約2年間かけて準備を行い、令和元年5月、天童ホテルを会場に開催されました。当日は山形県内外を含めて約300名の方々が参加され、骨髄移植された患者さんと家族、ドナーの体験談や講演会などが行われました。青年会議所の助けもあり、山形県初の「全国骨髄バンクボランティアの集い」は成功といえる会になりましたと、小野寺さんは当時の苦労を振り返りつつ話してくれました。
 
 ドナーの負担改善については、団体の設立当初から思案していた問題でした。会ではドナーの負担軽減とドナー登録者の拡大を目的とする「ドナー助成制度」・「ドナー休暇制度」の導入を推進しており、度々山形県議会に請願書を提出していました。そのために議員を対象に講演会を開催したり、「骨髄バンクを支援するやまがたの議員の会」の立ち上げに尽力したりと、さまざまなかたちで活動を続けていました。その結果、議員の会をはじめとする行政機関、地方公共施設との協働により「ドナー助成制度」は平成29年4月に山形県内の全市町村で導入されることになりました。
しかし助成制度が導入されても、骨髄提供を辞退するケースが多いそうです。仕事を休めないことを理由に骨髄提供を辞退するケースが多く、適合するドナーさんの約54%が辞退するというのが現状です。「ドナー休暇制度」の導入に関しても、山形県内の企業に働きかけているのですが、現在制度を導入しているのは、山形大学と企業1社しかいないというのが現状なのだそうです。

現在の方針

 令和2年頃から、コロナ禍の影響により一時期、活動が自粛され、講座やドナー登録会などができない状況になりました。令和5年以降、活動自粛が解除され、ドナー登録会の説明員研修会を年2回開催し、県内保健所などのドナー登録会に説明員を派遣しています。
 また、昨年度は「やまがた社会貢献基金助成事業」の一環として10月、11月の映画上映会、出前講座4校で開催するなど、従来の活動に戻りつつあると話されていました。特に映画上映会では、探求学習の一環として参加した高校生から骨髄バンクについて関心を持ってもらえたなど、少しずつ若い世代にも周知されるようになったそうです。

 今年度からは、私立高校、大学を対象に骨髄バンクの出前講座を企画しているとのこと。若い世代に骨髄バンクのドナー登録に協力してもらうには、骨髄移植・骨髄バンクについて理解してもらう必要があると話されました。
 
 当センターとの関わりは、センター設立当初まで遡ります。山形市市民活動支援センター連絡協議会設立当初からのメンバーであり、現在も毎年2月に開催される連絡協議会主催の「やまがた市民活動まつり」では、ブース展示で団体の活動紹介を行い、イベントにご協力をいただいております。骨髄バンクについて興味がある方は、是非参加してみてはいかがでしょうか。

●問い合わせ先
骨髄バンクを支援するやまがたの会
TEL:023-632-7016
E-mail:825mamo@gmail.com